「えっ、行かないの?」——玄関で座り込む長男に、ただただ戸惑ったあの日。小1の春に始まったわが家の不登校、その最初の一歩を振り返ります。
1年生5月、あの日は突然やってきた
不登校が始まったその日のこと、今でもぼんやりと覚えています。
朝ごはんを食べ、身支度も終えて、ランドセルを背負い、靴を履くところまでいつも通り。でもその日は、玄関でピタッと止まってしまいました。
座り込んだまま、まるで時間が止まったかのように動かないチョーナン。家の前には5、6人の登校班の子がチョーナンが出てくるのを待っています。登校班の子を待たせていたのは1分程度ですが、うちが最終合流地点であり、チョーナンが出ないとみんな遅れてしまいます。

出ないの?登校班の人、そこで待ってるよ?(焦)

だって・・・なんか行きたくない・・・
「え・・・?行きたくない・・・?」
このときまで、自分の子どもが『学校に行きたくない』と言う未来なんて、想像すらしていませんでした。パニックというより、「理解が追いつかない」というのが正直な気持ち。
登校班には先に行ってもらって…
登校班の子どもたちの視線が痛い……。
とりあえずその場をごまかすように、「先に行ってもらって大丈夫です!」と声をかけた後、改めてチョーナンに話しかけました。

とりあえず登校班の人には先に行ってもらったから。落ち着いたら行こうね?(圧)

・・・・・うん・・・・・
思い当たる“きっかけ”なんて、なかった
入学からまだ1ヶ月。
幼稚園からの友達も何人かいて、それまで特にトラブルもなく、普通に通っていたように見えていました。
だからなおさら、「学校に行きたくないとはなんぞや?」と戸惑うばかりでした。当時は、いじめやトラブルのような“明確なきっかけ”は見当たらず、ますます理由がわからず混乱していました。
でも今思えば、「きっかけがあった」のではなく、そもそも小学校という場が、彼には合っていなかったのかもしれません。
その日の対応
この日、途中から登校したのか、結局休んだのか、今ではもう忘れてしまいましたが――
当時の私は、生後3ヶ月の三男のお世話の真っ最中。まだ夜間授乳も続き、睡眠不足で常にフラフラな状態。そんな中で、予定通りに学校に行ってくれないチョーナンの存在を、正直「負担」に感じてしまった部分もありました。

「え、今日いるの?…じゃあお昼ごはん、用意しないと…」(いつもの昼寝タイムが・・・・)
そんな気持ちだったと思います。
ただ、なんとか状況を整理しようと、学校に一報だけ電話を入れました。
「あの…すみません。今日は、ちょっと…登校が遅れそうで…」
…それとも、「お休みさせていただくかもしれません」だったか。
なんと言えばいいのかわからず、言葉を濁しながら、ただただ罪悪感に押しつぶされそうになっていました。
“子どもが学校に行かない”
たったそれだけのことなのに、まるで何か大きなルールに背いてしまったような気持ち。堂々と伝えられない自分に、さらに戸惑いを感じたことを今でも覚えています。
あの日を振り返って、今思うこと
「行きたくない」──その言葉を言うには、チョーナンにとっても相当な勇気がいったのかもしれません。本当は心の中で「行けない」と感じていたけど、支度は頑張って済ませて、でも最後の一歩だけが、どうしても踏み出せなかった。
あのときの私は、まさかそれが“SOS”のサインだとは思ってもいませんでした。

「学校に行きたくても行かれないんだよ!一番苦労してるのは俺なの!」(後日談)
この言葉を聞くまで、「学校って行くのが当たり前でしょ?」としか思っていなかった自分。今振り返ると、チョーナンの気持ちを想像する余裕すらなかったなと痛感します。
…この日を境に、我が家の生活は少しずつ変わっていきます。
次の記事では、「なんとか行かせたい」と思っていた私が取った行動と、それに対するチョーナンの反応について、記憶をたどりながら書いてみたいと思います。